本人の「やりたいこと」は、どこまで尊重すればいい?

2026年09月30日
お役立ち情報

「感染ラウンドにもっと参加したい」「記録はもう少し丁寧に残したい」「研究を進めて論文を書きたい」。病院薬剤部では、スタッフからこうした希望を聞くことがあります。
専門性を高めること、丁寧に仕事をすること、研究に取り組むこと。どれも悪いことではありません。むしろ、本人が仕事について考え、自分なりに「もっとこうしたい」と思ってくれていること自体は大切にしたいところです。
一方で、薬剤部として今優先したい業務があり、本人に担ってもらいたい役割もあります。「本人の希望を尊重したい。でも、組織として必要な仕事もしてもらわなければならない」。この両方があるからこそ、管理者は迷います。

「本人の希望を尊重する」と「勤務時間の使い方を任せる」は別

まず整理しておきたいのは、本人の希望を尊重することと、勤務時間を何に使うかをすべて本人に委ねることは同じではないということです。
例えば、本人が研究を進めたいと思っていても、その結果として本来担当している業務が後回しになっていたり、残業が続いていたりするのであれば、「本人がやりたいと言っているから、そのままでいい」とはいきません。
管理者には、勤務時間を何に使っているのか、通常業務との優先順位はどうなっているのか、それが残業にどうつながっているのかを見る役割があります。
本人の希望を否定する必要はありませんが、「勤務時間の中で何を優先するのか」は組織として明確にする必要があります。

管理者が決めるのは「両立しないときの優先順位」

例えば、「今月は感染ラウンドへの参加を増やしたい」とスタッフから希望があったとします。
その希望自体は尊重しながらも、薬剤部として今月は退院時指導を強化したいのであれば、「感染ラウンドに取り組みたいという希望は大切にしたい。ただ、今月は部門として退院時指導を優先したいので、まずはこちらを担ってください」と伝えることができます。
両方できるのであれば、もちろん両方行って構いません。管理者が示す必要があるのは、両立できないときに「今は何を優先するのか」という判断です。
また、「週に○時間までは研究に使ってよい」「通常業務に影響が出そうな場合はいったん相談する」といったように、本人に任せる範囲をあらかじめ決めておく方法もあります。

仕事には「やりたいこと」と「役割として求められること」がある

本人からすると、「自分はこの専門性を生かしたくて病院薬剤師をしているのに、なぜ別の業務を優先しなければならないのか」と感じることもあるでしょう。
そのときに、「仕事なんだから」「給料をもらっているんだから」とだけ伝えてしまうと、本人の納得感は得にくくなります。
本人の希望はできる限り応援したい。一方で、仕事の中には、自分がやりたいことだけではなく、組織から役割として求められていることもあります。
そのため、「あなたの希望は大切にしたい。ただ、今は部門としてこの業務を優先しているので、まずはこちらを担ってほしい」と、本人の希望と組織としての期待を分けて伝えることが重要です。

「こちらを優先してください」と言うことはハラスメントなのか

管理者からよく聞く不安の一つが、「業務の優先順位を指示すると、パワーハラスメントにならないか」というものです。
厚生労働省が示している職場のパワーハラスメントの考え方では、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」であることが要件の一つとされています。
裏を返せば、業務上必要な範囲で適切に行われる業務指示や指導そのものが、直ちにパワーハラスメントになるわけではありません。
「まずこの業務を優先してください」「この業務は期限までに終わらせてください」「研究に取り組む前に通常業務との優先順位を確認してください」といった内容を、業務上必要な範囲で適切に伝えることは、管理者の業務指示です。

問題になるのは「何をしてほしいか」ではなく、人格や能力への攻撃

一方で、「新人のくせに好きなことばかりやるな」「給料をもらっているんだから黙って言うことを聞け」「そんな考え方なら薬剤師に向いていない」といったように、業務の話から離れて、その人の人格や能力、立場そのものを攻撃するような言動は別です。
また、必要以上に長時間問い詰める、繰り返し人前で叱責する、達成困難な仕事を与えたうえで、できないことを責め続けるといった行為も問題になり得ます。
管理者が伝えるべきなのは、「あなたがダメだ」という評価ではなく、「組織として今、何をしてほしいのか」という業務上の期待です。

言ってよいことと、伝わることは別

ここまで整理すると、「管理者が業務の優先順位を示してよい」ということは分かります。
しかし、必要なことであればそのまま言えばよいかというと、それも少し違います。せっかく本人が「これをやりたい」「こうした方がいい」と考えてくれているのであれば、その主体性まで失わせたいわけではありません。
何を優先してほしいのかは明確に伝えながら、なぜ本人がそれをやりたいと思っているのかも聞く。組織としての期待を伝えながら、どうすれば本人の専門性や希望も生かせるのかを考える。
ここから先は、労務管理だけではなく、人材マネジメントの領域になります。

研究や専門活動も「組織としてどう位置づけるか」で変わる

特に研究については、「業務なのか、本人の自主的な活動なのか」という線引きが難しくなります。
例えば、病院として研究力を高めることを方針として掲げ、研究成果を組織として求めているのであれば、研究に取り組むこと自体が業務の一部になり得ます。
一方で、組織としては別の業務を優先している場合、本人が研究したいからといって勤務時間を無制限に使えるわけではありません。
その場合も、「週に一定時間は研究に使ってよい」「通常業務を終えたうえで取り組む」「業務との両立が難しい場合は相談する」など、組織として枠を決めることができます。
重要なのは、本人の希望だけでも、管理者個人の価値観だけでもなく、「この組織が今、何を目指しているのか」を基準にすることです。

組織の優先順位が曖昧だと、声の大きい人が得をする

組織として何を優先するのかが示されていないと、自分のやりたいことや希望を上手に言語化できる人ほど、その機会を得やすくなることがあります。
一方で、自分から希望を伝えることが得意ではない人には、必要な機会が回ってこないかもしれません。
そのため管理者には、「今、私たちの薬剤部はどこを目指しているのか」「そのために、今は何を優先するのか」「各スタッフにどのような役割を期待しているのか」を示すことが求められます。
本人の希望と組織の方向性を照らし合わせながら勤務時間の使い方を調整することは、公平な組織運営という意味でも重要です。

本人のこだわりを生かしながら、組織として線を引く

本人の「やりたい」「もっと丁寧にやりたい」「専門性を生かしたい」という気持ちは、大切にしたいものです。ただし、それと勤務時間を自由に使ってよいことは同じではありません。
まず組織として求める業務や水準を明確にし、そのうえで、余力がある範囲では本人のこだわりや希望を生かす。両立しない場合には、どちらを優先するのかを管理者が示す。
この線引きをすることは、本人の主体性を否定することではなく、限られた勤務時間を組織として適切に配分するための管理者の役割です。
そして、その優先順位を本人が納得できるようにどう伝えるか。そこには、労務管理と人材マネジメントの両方の視点が必要になります。