成長してほしい。でも本人が望んでいないとき、管理職はどう関わる?
「もっと幅広い経験を積んでほしい」「せっかく学べる環境があるのに、なかなか手を挙げてくれない」「今のままで十分です、と言われると、どう働きかければよいのか分からない」。
病院薬剤部の管理職や先輩から、こうした声を聞くことがあります。
本人の意思は尊重したい。一方で、自分自身がさまざまな経験を通じて成長してきたからこそ、「今のうちにもう少しいろいろ経験しておいた方が、将来の選択肢が広がるのではないか」と思うこともあります。
では、本人がそこまで成長を望んでいないように見えるとき、管理職としてどのように関わればよいのでしょうか。
まず、「何のために成長してほしいのか」を分けて考える
部下や後輩に「成長してほしい」と考える理由には、大きく2つあります。
1つは、組織として必要な成長です。
薬剤部門として求める業務を遂行するために必要な知識や技能を身につけてもらう。これは、本人が希望しているかどうかだけで決めるものではありません。
例えば、業務上必要な知識を習得すること、担当業務を一人で遂行できるようになること、役割に応じて必要なマネジメント能力を身につけることなどは、組織として求める人材育成です。
もう1つは、本人の将来のための成長です。
今の仕事をするために直ちに必要というわけではないものの、学会発表を経験する、他施設の薬剤師と関わる、新しい役割を担うなど、将来の選択肢を広げるための経験です。
この2つは重なることもありますが、管理職としての関わり方は異なります。
「業務として必要だから身につけてもらうこと」と、「本人の将来のために経験してほしいこと」を分けて考えることが、最初の整理になります。
「今のままで十分です」は、成長したくないという意味とは限らない
例えば、若手職員に「学会発表に挑戦してみない?」と声をかけたとします。
しかし、返ってきた答えは「今の仕事で十分です」。
管理職からすると、「学会発表をすると、いろいろな文献を読むから知識が深まる」「論理的に考える力がつく」「自分の取り組みを人に伝える経験にもなる」と、その先にある価値が見えています。
一方で、本人からすると、「普段の仕事に加えて資料を作らなければならない」「発表準備が増える」としか見えていない可能性があります。
つまり、管理職には「経験の先にある価値」が見えていても、本人にはまだ見えていない。
この違いが、「せっかく勧めているのに、なぜやりたがらないのだろう」というすれ違いにつながります。
「なぜこれをやらなければならないのですか?」を否定的に捉えすぎない
「なぜこの業務をやらなければならないのですか?」
このように聞かれると、「やりたくないと言っている」「成長する気がない」と受け取ってしまうことがあります。
しかし、本当に成長したくないから聞いているとは限りません。
その経験によって何が身につくのか。
将来どのように役立つのか。
自分にとってどのような意味があるのか。
それがまだ見えていないため、純粋に「なぜ必要なのか」が分からない可能性があります。
その場合、「とにかく一度やってみたら」と勧めるだけではなく、その経験から何が得られるのかを具体的に伝えることが必要です。
「経験してください」ではなく、経験の価値まで伝える
例えば、「学会発表をやってみたら?」だけで終えるのではなく、
「学会発表をすると、文献を調べる力や情報を整理する力、論理的に説明する力が身につくよ。自分たちの取り組みをまとめて人に伝える経験は、これから別の仕事をするときにも役立つと思う」
と、その経験によって何が得られるのかまで伝えます。
さらに、自分自身の経験を話すことも一つの方法です。
「あのときは大変だったけれど、文献を読み込んだ経験が今の仕事につながっている」
「初めて発表したときは苦労したけれど、自分でやり切った経験が、その後の自信になった」
このように、なぜその経験を勧めるのかを具体的に伝えることで、本人から見た経験の意味が変わる可能性があります。
経験の価値が分かっても、「自分に必要」と思うとは限らない
一方で、経験の価値を丁寧に説明したとしても、
「なるほど、そういう力が身につくんですね。でも私はそこまで望んでいません」
と言われることもあります。
ここでもう一段考える必要があります。
本人は、「学会発表をするとどのような能力が身につくのか」は理解した。
しかし、「その能力が自分の将来に必要なのか」が分かっていない可能性があります。
人は、自分が現在知っている仕事や将来像をもとに、「この経験は自分に必要か」を判断します。
そのため、本人が知っているキャリアの選択肢が限られていれば、必要だと思える経験も限られます。
人は「知っている選択肢」の中からしか将来を考えにくい
例えば、病院薬剤師としての将来について、
「管理職になる」
「専門薬剤師になる」
という選択肢しか知らなければ、それ以外のキャリアは最初から検討対象に入りません。
教育に携わる。
研究を深める。
組織開発に関わる。
地域の活動に参加する。
他施設と連携する。
あるいは、今は存在していない仕事に将来携わる。
こうした選択肢をまだ知らなければ、「将来のためにこの経験をしておこう」と考えること自体が難しくなります。
5年後、10年後に自分がどのような仕事に興味を持つのか、今の時点ですべて分かっている人の方が少ないのではないでしょうか。
「ありたい姿」が決まっていなくても、キャリアはつくられる
キャリア形成というと、「5年後にどうなりたいかを決め、そこから逆算して必要な経験を積む」という考え方がよく用いられます。
もちろん、目指したい姿が明確な人には有効です。
しかし、「5年後、10年後に何をしたいのか分からない」という人も少なくありません。
その場合、最初から明確なゴールを決めなくても、新しい役割や仕事を経験する中で、「こういう仕事はおもしろい」「この人のような働き方をしてみたい」「自分にはこういう役割が向いているかもしれない」と、自分の方向性が見えてくることがあります。
つまり、将来像が決まっているから経験するだけではなく、経験することで将来像が見えてくることもあります。
ロールモデルは「将来の選択肢」を具体化する
その意味で、ロールモデルに触れる機会をつくることも重要です。
「あの人のようになりたい」と思える人を見つけ、その人がどのように考え、どのように仕事をしているのかを見る。
そして、その一部を自分でも試してみる。
その繰り返しによって、自分なりの働き方や役割が少しずつ見えてきます。
ロールモデルは、同じ部署の上司である必要はありません。
他施設の薬剤師でも、研究をしている人でも、教育に携わっている人でも、地域活動をしている人でも構いません。
特に院外での活動は若手職員から見えにくいことがあります。
そのため、「こんな働き方をしている薬剤師もいる」「この人はこういう経験を経て今の仕事をしている」と、具体的な事例を見せること自体が、キャリア形成の支援になります。
「機会があります」だけでは、機会を取りにいけないこともある
病院には、実はさまざまな成長機会があります。
学会発表。
研究。
委員会活動。
県病薬などの外部活動。
他施設との交流。
新人教育。
研修の企画。
しかし、単に「希望者は手を挙げてください」としているだけでは、その価値をすでに知っている人しか手を挙げないことがあります。
例えば、県の活動を後輩に引き継ぐ場合も、
「次からお願いするね」
だけでなく、
「この活動では、他施設の先生と一緒に仕事ができるし、自院だけでは分からない考え方や運営の仕方も学べる。将来、部署を運営するときにも役立つと思う」
と伝える。
「仕事を渡す」のではなく、「この経験にはどのような価値があるのか」をセットで伝えることで、同じ機会でも本人からの見え方が変わります。
いきなり大きな挑戦を求めなくてもいい
本人がまだ新しい役割に関心を持っていないときに、いきなり大きな挑戦を求める必要はありません。
少しだけ背伸びをすれば達成できる経験から始める方法もあります。
例えば、いきなり学会発表を任せるのではなく、まずは部署内の勉強会で発表してもらう。
いきなり研究全体を任せるのではなく、文献検索やデータ整理の一部を担当してもらう。
いきなり外部活動の責任者にするのではなく、まず一度会議に参加してもらう。
実際にやってみたことで、「思っていたより得意だった」「意外と楽しかった」と気づくことがあります。
小さな成功体験を通じて、「もう少しやってみたい」という気持ちが生まれることもあります。
管理職ができるのは、本人のキャリアを決めることではない
本人に成長してほしいと思うからといって、管理職が本人の将来を決めることはできません。
学会発表をするべき。
研究をするべき。
管理職を目指すべき。
専門性を高めるべき。
どれも、その人にとって唯一の正解ではありません。
一方で、「本人が望んでいないから何もしない」ということとも少し違います。
本人がまだ知らない仕事を紹介する。
経験の価値を伝える。
ロールモデルに触れる機会をつくる。
少し新しい役割を試してもらう。
そのうえで、本人がどう感じるのかを聞く。
管理職ができるのは、本人のキャリアを決めることではなく、本人が自分の可能性を考えるための材料や機会を増やすことではないでしょうか。
今知っている仕事だけが、将来の選択肢ではない
私自身も、最初から現在の仕事を目指してキャリアを歩んできたわけではありません。
キャリアのスタートでは、祖父を薬の誤投与で亡くした経験から、「薬によって起こる医療の問題をなくしたい」と考え、製薬業界で働くことがその解決につながると思っていました。
その後、さまざまな仕事や経験をする中で、医療の課題を解決するためには「人」や「組織」も重要なのではないかと考えるようになり、現在は病院薬剤師の人材育成や組織開発に取り組んでいます。
5年前、10年前の自分は、今の仕事をしているとは考えていませんでした。
それでも振り返ると、それまで経験した仕事、人との関わり方、判断の積み重ねが、現在の仕事につながっています。
今の自分が知っている仕事や経験だけが、将来の選択肢のすべてではありません。
それは、部下や後輩にとっても同じです。
「今のままで十分です」と言われたとき、無理に成長を求める必要はありません。
ただ、本人がまだ知らない選択肢や、新しい経験に出会う機会をつくる。
そして、その経験にはどのような価値があるのかを伝える。
本人が自分自身の可能性を考えられる材料を増やしていくことも、人を育てるうえで管理職ができることの一つです。